これまで、肉の脂身やバター、ラード等に含まれる飽和脂肪酸の摂り過ぎは、脳卒中や心疾患のリスクを高めるとされてきました。
例えば、厚生労働省がまとめた「日本人の食事摂取基準(2015年版)」でも、飽和脂肪酸は1日のエネルギー摂取量の7%以下とすべきとされています。
しかし、この飽和脂肪酸=悪玉説は根拠がなくなっています。
国立がん研究センターが飽和脂肪酸の摂取上限基準を否定
2013年に国立がん研究センターが、45~74歳の男女約8万2000人を平均で約11年間追跡した調査結果として、飽和脂肪酸を食べる量が少ないグループの方が、脳卒中の発症リスクが上昇すると結論づけています。
この調査では、心筋梗塞については飽和脂肪酸を多く食べるグループの方が発症リスクが高いという結果が出ていますが、調査対象約8万2000人の内、脳卒中発症者が3,192人(26人に1人)なのに対して心筋梗塞発症者は610人(134人に1人)と少なく、脳卒中と心筋梗塞を合わせた全循環器疾患のリスクとして飽和脂肪酸の摂取を控えるべきというこれまでの常識は間違っていたことが分かります。
国は間違いを正すべき
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」の2020年版では、2015年版でコレステロール摂取基準(それ以前は、コレステロールの摂取目標量の上限は成人男性が750mg/日、成人女性で600mg/日とされていた)が削除されたのと同じように、飽和脂肪酸についての摂取上限は削除される可能性が高いでしょう。
2015年版でコレステロール=悪玉説が撤廃される以前は、「卵はコレステロールが多いので1日2個まで」などと言われていたのが、実は何の根拠もなかったのです。誰も「嘘言ってました」と謝ってくれませんが…。
飽和脂肪酸=悪玉説から派生して「肉は2日に1回」とか「肉より魚」、「肉より大豆」といった考え方がいつの間にか広がっていましたが、タンパク質の摂取量が圧倒的に不足している日本では、「肉は健康と美容にいい主力食材」として位置付け直す必要があるでしょう。
これまで何十年もの間、国をあげて間違った情報を刷り込んできたことを正式に訂正すべきだと思います。
もちろん、タンパク質不足の解消のためには、魚も大豆も積極的に食べた方が食事のバリエーションが増えて生活の質は豊かになります。
砂糖業界が意図的に作った脂肪=悪玉説
そもそも飽和脂肪酸=悪玉説は、食品業界の「大人の事情」から生まれた大きな間違いだったことも既に判明しています。
事件は、米国の砂糖研究財団の研究費を受けたハーバード大学の歪められた研究論文が元になりました。
1967年、今から52年前のことです。
それ以降、食品業界だけでなく栄養学、予防医学の分野で、間違った常識が実に50年以上も続いてきました。その間違った論文の影響による健康被害や医療費の増加は、大きな社会コストになっているはずですが、その責任については曖昧なままになっています。
簡単に事件の顛末を紹介しておきます。
米国では1950年代から心臓病での死亡率が上がり、当時のアイゼンハワー大統領が心臓発作で倒れたことなどもあって、心臓病の原因について関心が高まっていました。
1954年に設立された「砂糖研究財団」のハース会長が業界向けの研究会で4つの指針について講演した記録が残っています。
- 高脂肪の摂取とコレステロールの形成が心臓病の原因であると喧伝する
- 低脂肪ダイエットをすれば5日でコレステロールは正常値になる
- 脂質からのカロリー摂取を20%減らし、炭水化物を20%増やすと砂糖の消費量は30%増える
- 生化学の知識がない一般の人に「砂糖は人間の生命を保ち、日々直面する問題への活力になる」というイメージを喧伝するために年間60万ドル(現在の貨幣価値で約6億円)を投じる
その後、砂糖研究財団の徹底したプロパガンダ予算は、科学者への研究費の提供という形でも使われるようになり、1967年には『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』誌で「炭水化物、脂肪とアテローム性動脈硬化症」という論文が発表されるに至りました。
論文では、「食事中の飽和脂肪酸とコレステロールの割合を減らし、多価飽和脂肪酸の割合を増やすことが心臓の健康のためになる。一方、炭水化物の関与はわずかである」と結論づけていますが、砂糖研究財団がハーバード大学の3人の研究者らに、今日の貨幣価値で約5万ドルを支払って砂糖業界に都合の良いように結果を操作するよう依頼していたことが、2016年になって『米国医師会雑誌(JAMA Internal Medicine)』で調査論文で明らかにされました。
1967年当時、医学会のトップジャーナルであるNEJM誌の影響力は大きく、米連邦政府が策定する「アメリカ人のための食生活ガイドライン(DGAs)」においても脂肪=悪玉説が基調となってきました。
日本の「日本人の食事摂取基準」もDGAsに沿った内容になっています。
厚生労働省は「日本人の食事摂取基準」の2020年版でどのような訂正を行うのか、注目したいと思います。
(KM)